サポーターの言葉を力に 1年目は昇格逃し苦悩 ザスパ・奈良社長、3年間を振り返る
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ザスパがJ2復帰を決め、応援スタンドの前で選手とともに喜ぶ奈良社長=2019年12月8日、福島市のとうほう・みんなのスタジアム

 サッカーJ2ザスパクサツ群馬を運営するザスパ(前橋市)の奈良知彦社長が1月末で退任する。前橋商高サッカー部を全国常連の強豪に育て上げた手腕を頼りに、経営難に陥っていたザスパ社長を引き受け、J2復帰を果たし、クラブをまとめ上げた。奈良社長に在任3年間を振り返ってもらう。

◎辞任届破り捨てられ心決める

 1月末をもって社長を退任することとなりました。2018年に前体制の後を受けて就任しましたが、私は帳簿を見たこともない経営の素人。まず、赤字を出さないように社員の力を借りながらクラブ経営を行ってまいりました。3年間、厳しい状況の中でJ2復帰の目標を果たせたことは、サポーターをはじめとした多くの方々の協力や支援があってのことと心から感謝しております。

■深い溝

 チームは17年に成績不振でJ3へ降格決定。社長就任時は何もかもが逆風の真っただ中、何よりもクラブとサポーターの間に、深い溝があったように思います。最初にサポーターの顔を見たのは18年元旦の初売り。チームの福袋を販売したのですが、その際、クラブを見捨てずに笑顔を見せる皆さんを見て「この人たちを大切にしなければ。信頼を取り戻さなければならない」と強く胸に刻んだことが昨日のように思い出されます。

 逆風の中とはいえ、前季はJ2にいたチーム。J3でもある程度はやれるだろうと高をくくっていました。しかし、そんなに甘くなかった。身体能力を前面に押し出すチームが多く、最初は適応に大変苦労しました。J2復帰に不安を覚えたのも事実です。

 千葉・市船橋高を率い、昔から気心を知る布啓一郎前監督の下、夏場の補強も相まって「堅守速攻」が浸透。徐々にリーグへ順応していったチームは昇格争いに加わります。終盤になり、負ければ昇格が消える藤枝戦、まさしく乾坤一擲けんこんいってきの大勝負となりましたが、惜しくも敗戦。1年での復帰はなくなりました。

■もう1年勝負を

 高校サッカーで敗北の悔しさは嫌というほど経験しましたが、サポーターやスポンサー、県民に対して結果を出せなかったことに責任をどう取るか、心底悩みました。考えた結果、シーズン終了後、当時の遠藤祐司会長に辞任届を出しました。「復帰できないなら辞める」という気持ちで挑んだ1年だったからです。すると、「もう1年勝負して復帰させるのが責任を取ることだ」と遠藤会長はそれを破り捨てたのです。そう言われて再度心を決めました。単年契約だった布監督に続投を要請し、同じ体制で勝負をかけることとなりました。

 昇格できなかったことでサポーターからの反発は覚悟していました。でも実際はその逆。藤枝戦やホーム最終戦では選手やスタッフにねぎらいの言葉があり、「また来年」と言葉をかけてもらいました。これがどれだけ力になったか。サポーターの皆さまと心をさらに一つにできたと確信しています。また、この人たちと絶対にJ2に復帰すると心に誓いました。

なら・ともひこ 1954年11月生まれ。前橋市出身。千葉・習志野高―東海大。27年にわたって前橋商高を率い、全国選手権に10度出場、2度の4強進出。市前橋高校長を退職後、18年から現職。育英短大特任教授。

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