上毛芸術文化賞

第5回上毛芸術文化賞 美術部門

本物を徹底的に描写   水野 暁さん(33歳) =東吾妻町岩井

水野 暁
昨年夏、吾妻地域の代表的な山の一つ「岩櫃山(いわびつやま)」(東吾妻町)をモチーフに「edged」を制作した。 沸き上がる白雲の中にそびえ立つ岩櫃山と、山に向かって伸びる白いガードレール。岩石の凹凸や割れ目、岩肌の微妙な色合い、山ろくを覆う樹木一本一本の陰影、ガードレールのさびや汚れに至るまで、徹底的に描写した。
「僕の絵は実体験が不可欠。目の前にあるものを、人間の能力を使って見たり、感じたりする。そういうことから、引き出せるものがあるはず。本物を見て描くことが、大事だと思っている」
「edged」も山のふもとに数カ月間通い続けて完成させた。モチーフが風景、人物、静物と変わっても、この姿勢は変わらない。
美術のジャンルでいえば、制作している作品は「写実」にあたる。しかし、多くの人がイメージしている「写実」と、自らが考える「写実」とにはズレがあると感じているという。「リアルに描いていさえすれば『写実』という見方が一般的。でも、そうではなくて、もっと別の所に核心があるような気がしてならない」
大学受験の時期、スペインのマドリード・リアリズム派の画家、アントニオ・ロペス・ガルシアを知った。それが写実との出合い。ガルシアにあこがれ、これまでに二度、スペインに渡った。「どうしたらガルシアのような絵が描けるのだろう。そんなことばかり考えていた」
当時のあこがれの気持ちやスペインで得たものは、今でも大切にしているが、ここ数年、ベクトルが自分自身に向いてきた。「ずっと絵を描いていくなら、何をやりたいのか、何をやるべきなのか、自分にしかできないこと、自分だからできることを考えなければいけない」
今までの「写実」に収まらない新しい表現を目指している。だが、具体的にどんな表現なのか今はまだ分からない。「分からないから探りたい。分からないことを、絵を通して探ることに意義がある」 それが美術ではないのか。最近、そう思えてならない。「過去にはないもの、分からないもの、何を表現できるのかを探っていく。そういう美術を続けたい」
みずの・あきら 1974年、東吾妻町生まれ。
多摩美術大学美術学部卒業。同大大学院美術研究科修了。99、04年にスペイン留学。06年に彩鳳堂画廊で個展。07年には高崎市美術館と高島屋各店での企画展、東京コンテンポラリーアートフェア出品。

第5回上毛芸術文化賞 音楽部門

大役務め表現に磨き   大山 亜紀子さん(34歳) =高崎市倉賀野町

大山 亜紀子
東京二期会のオペラ「蝶々(ちょうちょう)夫人」(2006年)、「仮面舞踏会」(07年)で相次いで主役に抜てきされ、大舞台で期待通りの歌と演技を見せた。
大学院在学中に日本音楽コンクールに出場、声楽部門で二位となった。「コンクールの最中に『蝶々夫人』の話をいただいた。正直言って、驚きました。『蝶々さん』は、日本人である以上、一度はやってみたい役。でも、自分にはまだ早いのではないかと感じました。役柄も難しいし、歌のテクニックも必要。うれしいけれど、半面、不安でもありました」
それ以前にピアノ伴奏によるオペラなどはこなしていたが、本格的なオペラへの出演は、これが初めてだった。オーケストラがつき、衣装も舞台もきちんとしたものがあり、演出家もいる。しかも主役。右も左も分からない中で、必死で歌い、演じた。
難しいと感じたのは役作り。「大山亜紀子の人生ではない、他人の人生を演じる。その中で『自分ならこうするのに、なぜこの人はしないのか』と考えなければならない」。もちろん得たものも大きかった。「成長できた。声域も広がった。表現については、まだまだ未熟だけれど、どういうふうにすべきなのか、より具体的に考えるきっかけともなった」
今年八月にはプッチーニ作曲の歌劇「外套(がいとう)」に出演する予定。着実に舞台経験を重ねているが、自分の中にはまだ「引き出し」が少ないと感じている。
「先輩たちは、いろいろな感情の引き出しを持っていて、それを表現に生かしている。こういう場面では、こんな感情の引き出しを開けて使うけれど、別の引き出しの感情を取り出して混ぜてみたり。自分はまだ足りない。舞台だけでなく、日常生活の中での経験を大切にして、引き出しを一つでも多くしたい」
今、仕事の中心はオペラだ。しかし、歌曲にも挑戦したいと意欲を燃やす。「オペラは感情を表に出す場合でも、衣装や舞台背景、小道具などがあるから、観客に視覚的にも訴えられる。歌曲はそういうものの助けがない。それだけ難しいが、いずれは歌曲に挑戦したいと思っている」
おおやま・あきこ 1974年高崎市生まれ。
東京芸術大音楽部声楽科卒業。同大大学院修士課程オペラ科修了。2005年、日本音楽コンクール声楽部門2位・岩谷賞受賞。オペラだけでなく、県内外の音楽会に積極的に出演している。

第5回上毛芸術文化賞 音楽部門

伊留学で新たな領域   諸田 広美さん(33歳) =前橋市上佐鳥町

諸田 広美
「真っすぐではない道のりだったが、だからこそ学べたことがたくさんある」。これまでの歩みをそう振り返る。
大学卒業後にイタリアへ渡って四年間学び、帰国後は東京芸大の大学院へ。二期会の研修所を経て再びイタリアへ留学し、一昨年に帰国した。
群馬大学に進学したころは、プロの声楽家になるとは思ってもいなかった。学園祭の実行委員を務めるなど音楽以外にも活動の場を広げ、多くの体験を積み重ねた日々。大学三年時に国際ロータリー財団の奨学金の存在を知ったことがきっかけで、留学という大きなチャンスをつかむことができた。
ミラノ・ヴェルディ音楽院で待っていたのは、日本では決して学ぶことのできない、本場の素晴らしい実践だった。「歌や音楽の世界の“常識”を知らなかったからこそ、柔軟に行動できた」と当時を振り返る。日本人同士だけで交流しがちな留学生が多い中、周囲に誰も日本人がいない環境に身を置いたことで、本物のオペラを学ぶ“武者修行”は一層充実した。
四年後に帰国し、東京芸大大学院、二期会のオペラ研修所を修了。そして二〇〇五年、文化庁の海外留学制度という形で、再びイタリアで学ぶチャンスが与えられた。
再度の留学でつかんだ最大の収穫は、同じメゾソプラノの歌手として敬愛するフィオレンツァ・コッソットさんとの出会いだった。留学先のローマからほど近い町で、夢だったその指導を受けることが実現。長年、高音への苦手意識があったが、「型にはめず自分の声の良さを引き出せばいい」というアドバイスによって、そのコンプレックスを克服した。「自分の中の限界点を取り払ってもらえた」と、七十歳を超える師から学んだことの大きさを強調する。
長い修行の時を終えた今を、「ようやくプロの門をくぐったスタート地点」と表現する。それだけに、新たな一歩を踏み出そうとしているこの時期につかんだ今回の受賞を心から喜ぶ。当面の目標は、四月十二日に県民会館で行う帰国記念リサイタル。「イタリアで学ばせてもらったことを、群馬の人たちに伝えたい」と、古里での舞台を心待ちにしている。
もろた・ひろみ 1974年、前橋市生まれ。
群馬大卒業後、イタリア国立ミラノ・ヴェルディ音楽院、東京芸術大大学院、二期会オペラ研修所で学ぶ。2005年から再びイタリアへ留学し、一昨年11月に帰国。現在、国内で多くの舞台に立っている。

第5回上毛芸術文化賞 書道部門

ひた向きに対象追求 一枚一枚が真剣勝負   阿部 子鳳さん(55歳) =館林市大街道

阿部 子鳳
古典の臨書から前衛的な墨象まで幅広い場で活躍する。「目標とするいい師、切磋琢磨(せっさたくま)できるいい仲間に恵まれた」。書を始めてから四十年あまり。「作品を書いているときは、自分に向き合う大切な時間。夢が膨らみ、楽しくてたまらない」。書に魅せられ、一心不乱に打ち込んできた。
中学一年のとき、書道部に入部。顧問だった関口虚想氏(前県書道協会会長)との出会いで、書の道にのめり込んだ。以来、一貫して関口氏に師事。「脇目もふらずにただ一つのことに没頭しろ」。生活のリズムが変わる人生の転機は何度も訪れたが、師の言葉を忠実に守ってきた。
その成果は、県展委嘱大賞や全国習作書展連盟大賞、国民文化祭県知事賞などの賞につながった。また、中国の西安碑林国際臨書展で特別賞を受賞、万里の長城に壁書するなど海外にも活動の場を広げている。
普段はひたすら臨書に取り組み、線と面の研究にいそしむ。「臨書は線の鍛錬。書いた分だけ力になる」。最近は書論を学び、昔の書家の作品から、字や線の組み方、道具などについて研究。墨象での作品発表に生きている。
前衛的な作品を作り上げるときは、まず題材となる字を決める。その字をどう表現するか頭の中で作品の構成を練り上げていく。
「目に見えたものすべてがヒントになる。世の中から吸収したことをどう作品化できるか、どちらかというと紙に向かう前の時間のほうが長いかもしれない」
構成が決まると、そこから作品を精製する過程に移る。紙を敷き、墨を擦りながら、頭の中を整理。家族が寝静まった後など集中できる時間帯に紙に向かう。「一枚一枚が真剣勝負。五十枚以上書いていく中で、余分な線がそぎ落とされてく」。イメージに合わせて数種類の墨や筆を使い分け、納得の一枚にたどり着く。
書論を学ぶようになってから、書への興味が一層深くなった。「やればやるだけ、書の奥深さを感じている。まだまだ勉強することはいっぱいある。これからも、一つのことを一生懸命やっていくだけ」
あべ・しほう 本名・由紀。
1952年、館林市生まれ。中学入学後から、関口虚想氏に師事。西安国際臨書展特別賞、国民文化祭県知事賞などを受賞。日本書教育連盟常任理事。県展審査員。上毛書人会、墨流社同人。筆友書院主宰。

第5回上毛芸術文化賞 出版部門

「写真集 富岡製糸場」 史跡指定を区切りに   片倉工業 株式会社 =東京都中央区

片倉工業
満開のサクラから垣間見える赤れんが。職人たちの息遣いが聞こえてきそうな作業場。片倉工業が六十六年にわたって運営・管理してきた旧官営富岡製糸場(富岡市)の四季や、味わいのある明治建築を一冊の写真集にした。
出版が決まったのは二〇〇五年五月。同製糸場が工場としての役目を終えて十八年が過ぎ、国の史跡指定、同市への移管という大きな節目を迎える時期だった。「社員やOB向けに、一つの区切りを形にしたい」―。当時、同社企画課長だった高田立雄さん(47)が指揮をとり、制作が始まった。
撮影を引き受けた前橋市出身の建築写真家、吉田敬子さん(53)は十年以上前から、桐生市に残るのこぎり屋根工場に魅せられて創作活動を展開。同社からの注文は「一年を通して撮ってもらいたい」のみで、後はすべてプロの感性に任せられた。
吉田さんはその年の秋から一年半かけて同製糸場に通いつめた。満月の光が差す瞬間を狙って、闇に紛れて待ち続けた日もあった。入り口から見える東繭倉庫はアーチの装飾が施され、誰が撮影しても絵になる建物。だからこそ記念写真とは違う何かを探し、周辺を歩いて構想を練った。
当初、掲載する写真は五十枚程度の予定だったが、持ち込まれた作品はどれも捨てがたく、倍の約百枚を使うことになった。四季折々の外観だけでなく、繰糸場の屋根裏まで足を延ばす熱の入れように、高田さんは心を打たれた。
後半には、富岡製糸場の業績や歴史に関する寄稿文や、同社の岩本謙三社長らによる座談会の様子を掲載。重厚感ある表紙を手に取り、高田さんは「きちんとした本になると、さらに色合いが素晴らしい」と称賛する。
二千百部制作し、社員や取引先、富岡市内の学校などに寄贈した。高田さんから担当を引き継いだ現企画課長の明石敬二さん(42)は「非売品だが、値段をつけてもいいくらいの出来」と話す。
写真のデータは同社に保存してあり、「大きく引き伸ばすとまた違う良さがある。機会があれば展覧会を開いて一般の方にも広くお見せしたい」と公開にも意欲的だ。
 かたくらこうぎょう
 1873(明治6)年、長野県で製糸業を開始。1939年に旧官営富岡製糸場を合併、富岡工場として操業し、87年に休止。2005年、同工場の国史跡指定に伴い、富岡市に土地建物の管理を移管した。